第5回:幼児、小学生が優先すべき「こころ、やる気」のトレーニング―内発的モチベーションの高め方―
自ら「やりたい!」と思える心を身に付けさせるには?
「目標を持って、それに向かって夢中で努力できるような何かと出会って欲しい」
「何事も諦めずに継続できる、強い心が育ってほしい」
「自分に自信を持って、少しくらいの失敗になんかめげない、前向きさを身に付けてほしい
教育者、コーチ、親など、子供の成長に携わる人であれば、子供に対してこういう気持ちを抱いたことが一度はあるのではないでしょうか?
健康な身体をもって、そのうえで何か目標があり、それに対して努力ができる、そしてその過程も生き生きと輝いている状態は、年齢関係なしに、人生を豊かなものにするためのエッセンスです。
家でダラダラと無気力な状態で長い時間を過ごすより、熱中できて、人生にとってポジティブなものを残せる何かと出会わせてあげたい。
夢中で何かを必死に追いかけた経験の尊さを知っている人であれば、これからの未来を担う子供たちに対して、そう感じてしまうものです。
しかし当然、「心」は他人の思い通りに操れるものではありません。
何かに夢中になって欲しいと思って、いろんな習い事や体験をさせてみても、一向に興味を示さないことはおろか、やらせようとすればするほど、ふさぎ込んで行動を起こさなくなることもしばしばです。
PEACEに通うようになったお子さんの中にも、「嫌だ行きたくない!」と、前触れもなくお腹が痛くなる、そんな子もきっといるのだと思います。笑
そこでここでは、子供が何かに興味を示し、自ら行動を起こすようになるまでの過程を深堀りし、内発的なモチベーション(いわゆる内側からのやる気)を育むために必要なことを考えていきたいと思います。
内発的なモチベーションとは?
内発的なモチベーションとは、自らやりたいと望む動機のことで、行動を起こす理由が外的な何かに依存しないモチベーションです。
逆に、「お菓子がもらえるからやる!」などと、行動を起こす理由が外的な何かに起因している場合、それは外発的なモチベーションと呼ばれます。
この内発的なモチベーションと外発的なモチベーションの間には、いくつかの段階があると言われています。この段階を把握することで、今のモチベーションの状況がどのような位置づけであるのか?が判断しやすくなります。
統合的調整(勝つために練習するなど)という状態は、もうほとんど内発的なモチベーションと言って差し支えない状態ですが、その行動が何かの手段となっているため、外発的な動機づけに分類されるようです。
真にそれそのものが好きで、それを行うこと自体に価値を見出し、自らの意思で行動を起こす内発的なモチベーションというのは、案外ハードルが高そうだな…ということが伺えます。
そう考えると、誰に言われたからでもなく無邪気に何かで遊んでいる子供の純粋なモチベーションというものは、本当に貴重なものなんだなと感じさせられます…(大人の階段を上がれば上がるほど、何かのために渋々行動を起こすようなことばかりなので…涙)。
内発的なモチベーションを下げてしまう要因
内発的なモチベーションを育んでいくためには、まず内発的なモチベーションを下げてしまう行いを知る必要があります。
@外的な報酬
内発的なモチベーションは、外的な報酬をもらい続けると低下します。行動を起こす理由が、外的な報酬に依存するようになるからです
例:
・練習や大会の結果を褒められ続ける
→褒められるために練習するようになる。
・大会で良いパフォーマンスをすればゲームを買ってもらえる習慣
→ゲームを買ってもらえないなら練習しなくなる。
A他者からの強制
内発的なモチベーションは、「自分に選択の余地がない」と感じることによっても低下することが知られています。
特に、他者の勧め、誘導によってスポーツを始めたばかりの子は、内発的なモチベーションが低い、というよりほぼ無関心であることも多いでしょう。
このような場合、自分のパフォーマンスを向上させたい、上手くなりたい…という、内側から湧き上がるような向上心はおろか、そのスポーツが好きだ、楽しいという感覚すら、一切芽生えていない状態です。
これが芽生えてしっかりと育つ前に、面白いと感じない練習や、ハードなトレーニングを課され続けることは、その子の内発的なモチベーションを下げてしまうどころか、「スポーツをやることは苦しいこと」という印象を与えてしまいかねません。
このように、「@外的な報酬」を得続けたり、「A他者から強制される」機会が多い環境では、自らそのスポーツの練習に向かい、努力するような子を育てることは、きわめて困難です。
「どうして勝てないんだ」と、結果に対して叱責され、結果を出して周囲に認めてもらう(報酬を受ける)ことが目的にすり替わってしまい、かつ、つべこべ言わず「とにかくこれをやりなさい」と、あまりにも自分に選択の余地が与えられないダブルパンチの状況は、最も効率的に内発的なモチベーションを低下させ得る環境だと言えるでしょう。
実際に、親やコーチなど、周囲の期待に応えることが大きなモチベーションとなっている選手や、早期に大幅にトレーニング時間が増えて心身の疲労状態が悪化している選手、内発的なモチベーションが低い選手は、たとえ一流レベルのパフォーマンスを持っていたとしても、その後の成績は上がりにくく、そのスポーツを早期に辞めてしまう傾向が強いと指摘されています(Law et al., 2007; Jowett, 2008)。
我慢して継続させることを美徳とし、強いメンタルを育もうとそのような状況下に子供をさらし続けると、内発的なモチベーションは極めて低くなり、その後誰かに強制される立場でなくなったとしても、一切そのスポーツに目を向けることは無くなってしまうかもしれません。
最初は好きでやっていたのに、気が進まないときにコーチに指示されてやる、親に言われてやるような機会がどんどん増えてくると、そのスポーツが逆に嫌いになってしまうなんてことはよくあることです。
※参考(外発的モチベーションが高いほど、その後のハイレベル陸上競技者の成績向上率が低い:画像リンク先↓
Motivation and improvement are linked.
Higher extrinsic motivation correlates with less improvement in high level track athletes.
pic.twitter.com/qPCZG8hs3H
Steve Magness (@stevemagness) December 15, 2020
内発的モチベーションを高める要因
@自分で選択できる余地があると実感できる
すべてを強制されるのではなく、何か少しでも自分たちに選択の余地が与えられていることを実感できることは、内発的なモチベーションを高めます。
・学校の体育でやるスポーツは嫌いだけど、休日に自分たちでやるスポーツは好き。
・親や教師に勉強しなさいと言われると、ちょっとあったはずのやる気が完全に削がれてしまう。
こういった経験、あるのではないでしょうか?
これに関して、クラブの練習の中で工夫できることでいえば、
- リレーの走順を自分たちで決めさせる
- ちょっときつい練習をやる場合ほど、いくつかの選択肢を提示する(例:400m1周か、50m往復リレー4回、今日はどっちがいい?)
- 最後の1周400mランニングをやるかやらないかの選択をさせる、全員走らせるなら競うか競わないかは個人の自由にさせる(持久力はつけてほしいのでできれば全員長距離もたくさん走って欲しいですが、人生トータルで見ると、この方が持久力、生涯に亘っての健康保持増進にはつながるかなと信じています。笑)
などでしょうか。
やはり強制して何か一つをやらせる時と、いくつか選択肢を提示して、自分で決めたことをやらせる時とでは、子供たちのやる気は雲泥の差です。
(どちらも実はやらされてるのに!笑)
A運動有能感を高める
「運動有能感」とは、身体的有能さの認知(自身の能力に対する自信)、統制感(努力すればできるようになるという自信)、受容感(仲間から受け入れられているという自信)の3つからなる有能感のことです(日本陸上競技連盟,2019)。
「自分はできるんだ、努力をすればちゃんと成果が出るんだ」ということを自覚してもらえる環境、機会を積極的に提供してあげたり、たとえ結果が悪くても、良くなった点や集団の中での存在感を明確に示してあげたりすることは、その時点でスポーツの結果を出させる以上に重要な働きかけです。
特に、同学年の中で成長が遅れやすい早生まれの子は、身体的有能さの認知が得られにくく、運動有能感が育ちにくいため、より受容感や統制感を育む視点が必要です。
コーチの経験的にも、「一方的にやらされる練習」で育った子供が、次のカテゴリーで競技を続ける割合は、たとえ競技レベルが高くても、芳しくありません。
一番最初のキッカケづくりとして「やらせる」ことは大事なことだと思います。しかし、そのまま「やらせ続けるだけ」では、なかなか何も変わりません。その後、この内発的なモチベーションが高まるようなキッカケを多く与えてあげることが重要です。
この内発的なモチベーションに関わる運動有能感の形成には、親やコーチ、周囲の子供らとの関わり方が強く影響します。
最初は友達に誘われて始めたのに、だんだん楽しくなってしまって、気づいたら一人でもそのことに取り組むようになってしまった…特に子供のスポーツ指導者としては、そういう雰囲気づくりに努めていきたいものです。
身体的有能さの認知につながる働きかけの例
- 何か一つでも才能を見出して伝えてあげる(特定の個人が賞賛されていると、その他多数は引け目を負うことにもなるため、個別に伝えることが望ましい)
- できるだけ少人数のグループを作り、個別の良さが見出されやすい環境を作る
- 身体能力だけでは勝敗がつかない、(実は)運を交えたゲームを取り入れる(特定の個人だけを勝たせない)
統制感(努力すればできると信じられる自信)を高める働きかけの例
- これまでにないパフォーマンスが出たときに、結果そのものではなく、それまでのその子の行いや過程を紐づけて、認めてあげる。
- できた、できなかったがハッキリわかる練習内容を取り入れ、成果が認識できやすい環境を作る(記録をフィードバック、走高跳)。
- あと少しの頑張りで達成できるようなレベルへ、個別に練習の難易度を調整し、頑張り度合いと成長の度合いを紐づけやすくする(走幅跳の目標ラインのゴムバーを個別に調整、ハードル走のインターバルを微調整)。
受容感を高める働きかけの例
- 友達作りの機会が増えるよう、コミュニケーションが自由にとれる時間を確保する(当スクールの課題です)
- 結果の良し悪しに関係なく、スポーツに取り組むその子自身を認めてあげる。
- 練習時に、練習をやるだけでなく、何か役割を与えてあげる。
おわりに
2022年、小学生の柔道の全国大会が廃止されるというニュースが話題になりました。全国大会の存在による、行き過ぎた勝利至上主義による弊害が、全国大会の存在意義を上回ってしまった最たる例だと思います。
子供のやる気に応えることは指導者としての責務だと思いますが、指導者や保護者、周囲の人たちのやる気が、子供自身のやる気を大きく上回ってしまうと、あまりいい結果にはならないことが多いです。
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基礎体力・運動能力が高いレベルでも、自発的にスポーツに親しむ、向上のための練習を行える「心」が育っていなければ、その後、生涯にわたってスポーツに親しむ、スポーツの成績を伸ばすことが難しくなります。
最初は何となく、またはやらされていたことでも、何かをきっかけに、自ら向上を目指そうとするように、上手く仕向けてあげることが重要です。
普段の練習だけでなく、競技会に参加してみたり、陸上だけにこだわらず、他の色々なスポーツに触れる機会を多く作ることは、基礎体力・運動能力の育成だけでなく、その子にとっての一番のモチベーションを見つけ出したり、育てたりするのに欠かせません。
他人との比較、他者からの評価(自我志向)よりも、純粋に自分の能力を高めたい(課題志向)と思って行動しようとする子が、一人でも多く増えてくれたらいいなと思っています。具体的には、自己記録を目指して自主練をする子がもっと増えると嬉しいです。
前者よりも、後者の方が、努力や学習自体を価値あるものとし、失敗にとらわれず行動しやすい特徴があります。競技の継続率や幸福度合いにも関わってきそうです。
以上、子供のスポーツへの向き合い方を考える際の、参考にして頂ければ幸いです!
参考文献
・S. Magness (2020) online.(https://twitter.com/stevemagness/status/1338973778961965066?s=20&t=W2u--tGSTC88l0d_egvgcQ)
・Jowett, S. (2008). What makes coaches tick? The impact of coaches intrinsic and extrinsic motives on their own satisfaction and that of their athletes. Scandinavian Journal of Medicine & Science in Sports, 18(5), 664-673.
・Law et al.(2007) Characteristics of expert development in rhythmic gymnastics: a retrospective study. Int J Exerc Sport Psychol. 5:82-103
・日本陸上競技連盟(2019)競技者育成指針の基本的な考え方.競技者育成プログラム―東京、そしてパリへ―.pp.10-15.
・Ryan, R. M., & Deci, E. L. (2020). Intrinsic and extrinsic motivation from a self-determination theory perspective: Definitions, theory, practices, and future directions. Contemporary Educational Psychology, 61, 101860.